武道から学ぶ、社会のマナー

武道は私たちの日常生活と密接につながっているのです。なぜか?それを明らかにします!

壱・稽古とは己との対話であり、日常は己との対話である

皆さんは、武道の稽古と聞くと何を思い浮かべますか?

寒げいこ、乱取り、瓦割り。滝に打たれての修行……。そんなところでしょうか。

いや、普通はやらないです。寒げいこや乱取りくらいはありますけれどね。

大体やる場所は市区町村のスポーツセンターにある武道場ですし、海の中に入って稽古とか瓦割りとかそんなことをしたことはありません。

もちろん、稽古は厳しいですが……。

武道って今日このご時世でそんなに披露することなどありませんよね。一般人に有段者が手を出すと犯罪ですし。

当然、相手を倒すために稽古をするわけですが、それ以上に大切なのは己との対話です。

人は一人では生きていけません。ともすると、人の力のおかげで人は生きていくことが出来ます。

ですが依存しすぎてしまうのは問題であるということなのです。その時に大切となるのが、己との対話。

何が大切で何をするべきなのか。それを最終的に決定するのはあなた自身。どれだけ環境に左右されようとも、そこで最善の形を見出していくことこそが大切なのです。

己と対話し、決断する。これは人と語る以前にご自身へのマナーなのです。

弐・「試合」とは勝つことだけが全てではない

スポーツがこれだけ発展したのは、やはり勝ち負けという明確になるものがあるからでしょう。

人間、生きていますとどうしても白黒はっきりしない場面というのが出てきてしまいますからね。

ある種分かり易く、形あるものを求める人が最近は多いということなのでしょう。

ですが、試合とはそもそもそれだけはないのです。

「試し合う」。試合はこのように書きます。稽古で積み上げてきた技、肉体を最大限に試すこと。それが試合であるのです。

自らの稽古だけでは分からないことがあるからこそ試し合う。本質はそこにあるのです。

だからこそ、相手への敬意をしっかりと持って試合はしなければなりません。

積み上げてきた技を見せるのを演武といいますが、これも美しさを競うのではなく、あくまでも積み上げてきたものを見せるためのもの。

本当に使わざるを得ない時はまさしく決闘という表現の方がよいのですが、今日ではそんな機会は滅多にありませんからね。

何よりもその技を見ず知らずの誰かに対して使うことは言語道断ですし、また自分の力量を見誤り武器を持っている相手に対して技を使うのは危険としか言いようがありません。

これは相手へのマナーでもあるのですよ。

参・礼に始まり礼に終わる

これは聞いたことがあるのではありませんか?

実際に稽古に臨まれる中で大切になってくるのは稽古の相手をしてくださる方です。

「よろしくお願いいたします!」

「ありがとうございました!」

稽古ではこの二つは必ず言うのですが、これは相手をしてくださることへの感謝を込めているのですよ。

私たちの日常もそうですよね。「よろしくお願いいたします」と「ありがとうございました」。

この二つがあってこそ、相手に感謝を伝えられるというもの。

心からあなたが日常生活でお伝えできるようになったときに、相手の心も動きます。

礼に始まり礼に終わる。古臭いかもしれませんが、大切にしたいマナーですね!

いかがでしたでしょうか?

武道と日常生活、意外と密着しているところもあるかと感じられたもしれません。

それでは皆様もマナーを守って楽しく生活を!

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